Love and Peace LIGHT

メンソールは苦手なんです

休息

事務所に一人でいたら、いつも仕事で大変お世話になっているおじいちゃんが立ち寄って下さいました。
80はゆうに越してらっしゃるにもかかわらず、矍鑠として明るくて、とても魅力的なおじいちゃんです。
初めてお目にかかったときには目も合わせて下さらなかったので、こりゃ嫌われたのかな…と思って
私も遠慮がちに接していたのですが、何度もお会いするにつれて段々垣根がとれてきて、
今では大笑いしながら気軽にお話できるようになりました。
「俺ぁさ、料理なんかもチャチャっと全部自分で作っちまうからさ。簡単なもんばっかりだけどよ。」
「どんなメニューですか?」
「鯖の味噌煮が得意だね。俺ぁ魚好きだからさ。でも女房は魚嫌いだから卵焼き作ってやるんだよ。
あんた、知ってるか?ありゃあ、卵を溶いたらおさまるまで置いとくんだよ。」
「おさまる…?」
「玉子を溶いたら泡が立つだろ、それが静かにおさまるまで置いといて、それから焼くんだよ。
でないとブツブツ汚くなるからな!」
「キレイな玉子焼きが出来るんですね♪」
「納豆オムレツも上手いぜ?オムレツ途中までやったら納豆のせてよ、納豆から湯気が出始めたらもう粘らねぇから…
玉子を返すときは、四本箸でこうして、ぱぱっとやるんだよ。グズグズしてたらダメだよ?」
「四本って、二本がやっとですよーw」
「何言ってんだい、簡単だよ!あとよ、あんた鯵くらいおろせるだろ?鯵を軽く焼いてから、ご飯炊くときに一緒に入れて炊くんだよ。美味いぜ!」
「おろせたかなぁ…ちょっと自信ないかも…」
「しょうがねぇなー!ありゃ簡単だよ、エラのとこをこうして、こう押さえてな…」
おじいちゃんと言っても、何年も前に亡くなった実の祖父よりもずっと若いし、祖父は料理などする人ではなかったので
こんな話はしたことがなかったのですが、なぜだか実の祖父と話しているような安らぎと楽しさがあるのが不思議です。
本当はものすごく気をつかってお話しなければならないようなエラい方なのに、「しょうがねぇなー!」と言われて
ひとしきり大笑いした後で、「あーゆっくり休んだな!リフレッシュしちゃったよ!」と感じるのは何故なんだろう?
おじいちゃんを取り巻く空気にはフィトンチッドでも含まれているんだろうか…?

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今日のお昼…

しばらく更新を怠っていたので、今日は二つめの記事を書いてみます。
職場の仲間と近所のお店で昼定食を食べました。
「本日の魚定食 650円」
とだけしか書かれてないので、何が出てくるのかな~と思っていたら…

なんでクリームシチュー…
しかも、しっかり一食分www
焼き魚定食で、お味噌汁ついてるのにクリームシチューって。
汁アンド汁じゃんw
実家ではこういうことあったけど、お店で出てきたのは初めて。
違和感に何となく力の配分もわからず、なにぶん量も多いので完食出来ずに終わってしまいました。
一緒に食べた同僚に、
「なんか、幼児とお年寄りがいる家庭の晩ご飯みたいだったね」
と言うと、
「変でしたか?別になんとも思わなかったけど…?」
うーん…そうか…そんなもんなのか…
ちなみにこのお店、こんなメニューもあります。

メルヘンチックな店内に、熊
熊鍋一人前2500円。
気になる…w

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百閒随筆

ひとの薦めがあって、内田百閒の随筆集を最近読んでいます。
「入道雲」という随筆の冒頭に、印象的な一文がありました。
「その朝は雲脚の速い空が段段に暗くなって、叩きつける様な雨が降り出した。降っている間に空が明かるくなったり、又かぶさったりした後、まだ降っている儘にその雲が何処かへ行ってしまったと思われる様な霽(は)れ方で、急に青空が輝やいて、すがすがしい風がふき渡った。」
たった120字あまりの中で、これほど活き活きと、時間の経過とそれに伴って目まぐるしく変わる空の色から雲の動き、雨の強さや音、晴れ間の陽射しの強さ、そして温度までも伝えることが出来る。
そんな不安定な天候の描写を冒頭に持ってくることで、読者にこの後に記される事柄も平穏な日常の出来事などではなく、何か非日常とも言える特別な事件なのでは?という予感さえ呼び起こさせる。
実際このあと、大きな地震が起こるのです。
何度も何度も読み返しました。
私の好きな映画「A RIVER RUNS THROUGH IT」の中で、主人公ノーマンが父から作文の授業を受ける場面があります。
ノーマンの父は、まだ幼いノーマンが提出する作文を見て、ここも要らない、あそこも要らないとどんどん線を引いて削り、何度も書き直させます。
そうして、これ以上削るものがない状態で自らの伝えたい事柄を的確に表現する能力をつけさせるのです。
ひとさまに読まれる文章を綴るうえで、これは非常に重要不可欠な能力なのですが、こうして不特定多数の方の目に触れる(と思われる)ところに拙文を晒している自分にこの能力があるのか?
とてもあるとは言えません。
お恥ずかしい限りです。
よい文章の書き手になるには、まずよい文章を可能な限り沢山読むこと、そしてそれ以上に書いてみることしかないので、日々精進のつもりで書いてみようと思っています。

例えば、今年の上野のお花見でのこの写真。
暖かな春の午後、不忍池のほとりから満開の桜を眺める。池から鳥が飛び立っている。
記号的に述べればそれだけだけれども、この光景とそれを切り取ってくれた写真に対する自分の気持ち、この一瞬に至る前後の時間の流れ、実際にその場で感じた人いきれや様々な物音などまでを、これ以上削るものがない状態で的確に表現しようとしたらどう書けばいいのか?
今の自分の文章力では、推敲を重ねているうちに夏になってしまいそうです。
与えられたこの場でそんなことをしていいのかどうかわかりませんし、お付合い下さる方には迷惑な話かもしれませんが、よりよい書き手になるための練習の場としても、このブログを使っていけたらと思います。

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