Love and Peace LIGHT

メンソールは苦手なんです

百閒随筆

ひとの薦めがあって、内田百閒の随筆集を最近読んでいます。

「入道雲」という随筆の冒頭に、印象的な一文がありました。

「その朝は雲脚の速い空が段段に暗くなって、叩きつける様な雨が降り出した。降っている間に空が明かるくなったり、又かぶさったりした後、まだ降っている儘にその雲が何処かへ行ってしまったと思われる様な霽(は)れ方で、急に青空が輝やいて、すがすがしい風がふき渡った。」

たった120字あまりの中で、これほど活き活きと、時間の経過とそれに伴って目まぐるしく変わる空の色から雲の動き、雨の強さや音、晴れ間の陽射しの強さ、そして温度までも伝えることが出来る。
そんな不安定な天候の描写を冒頭に持ってくることで、読者にこの後に記される事柄も平穏な日常の出来事などではなく、何か非日常とも言える特別な事件なのでは?という予感さえ呼び起こさせる。
実際このあと、大きな地震が起こるのです。
何度も何度も読み返しました。

私の好きな映画「A RIVER RUNS THROUGH IT」の中で、主人公ノーマンが父から作文の授業を受ける場面があります。
ノーマンの父は、まだ幼いノーマンが提出する作文を見て、ここも要らない、あそこも要らないとどんどん線を引いて削り、何度も書き直させます。
そうして、これ以上削るものがない状態で自らの伝えたい事柄を的確に表現する能力をつけさせるのです。

ひとさまに読まれる文章を綴るうえで、これは非常に重要不可欠な能力なのですが、こうして不特定多数の方の目に触れる(と思われる)ところに拙文を晒している自分にこの能力があるのか?
とてもあるとは言えません。
お恥ずかしい限りです。
よい文章の書き手になるには、まずよい文章を可能な限り沢山読むこと、そしてそれ以上に書いてみることしかないので、日々精進のつもりで書いてみようと思っています。

tobutoritosakura

例えば、今年の上野のお花見でのこの写真。
暖かな春の午後、不忍池のほとりから満開の桜を眺める。池から鳥が飛び立っている。
記号的に述べればそれだけだけれども、この光景とそれを切り取ってくれた写真に対する自分の気持ち、この一瞬に至る前後の時間の流れ、実際にその場で感じた人いきれや様々な物音などまでを、これ以上削るものがない状態で的確に表現しようとしたらどう書けばいいのか?

今の自分の文章力では、推敲を重ねているうちに夏になってしまいそうです。
与えられたこの場でそんなことをしていいのかどうかわかりませんし、お付合い下さる方には迷惑な話かもしれませんが、よりよい書き手になるための練習の場としても、このブログを使っていけたらと思います。

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“百閒随筆”へのコメントは2件です

  1. 大猫

    入道雲の冒頭・・・ 最後まで読む前に集中力が切れた私に生きる資格はありますか?

  2. kaeru

    好き嫌いは当然ありますし、私の転載のしかたも工夫が無かったと思います。
    写真、あまりに好きなので使わせて頂きました。ありがとうございました。

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